【パーソナル健康学】No.445 (2016.1.10)
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FROM 安永周平
ある朝、足の裏に聞いてみました。
「足の裏よ、お前は悲しくはないかい?
いつもきたない所ばかりを踏んでいて
腹の立つことはないかい?」
と。すると足の裏が微笑して答えました。
「腹の立つなんて、
とんでもないことです。
そんなことを1度も
思ったことはありません。
考えてごらんなさい。
体の中でわたしは1番幸せものですよ。
なぜなら、何万年何億年と
続いてきている地球と、
いつもじかに接しているのです。
ありがたいものだと
いつも感謝こそすれ、不平に
思ったことはまったくありません。」
* * *
さて…もちろんこの「足の裏」の声は
僕が書いたものではありません。
そんな凄腕リフレクソロジスト
みたいなことできませんからね(笑)
実はひょんなことから坂村真民氏の
詩集を「一日一言」を読みまして…
その中に掲載されていた誌なのです。
一日一言なので、全部で365個の
詩が載っていますが、やたらと
足や足の裏に関するものが多い。
ちょっと紹介しますと…
頭と足ではない
足と頭である
足が先で頭が後である
ーーー
本を百万巻読んでも
本物にはなれない
本は頭を肥やすが
足は少しも肥やしはしない
足からきた悟りが本物である
ーーー
わたしは知足を
足るを知れと読まず
足を知れと読む
足の裏を知ることによって
本当の人間になるのだ
知足第一
これが私の人間観
ーーー
頭から光が出る
まだまだだめ
額から光が出る
まだまだいかん
足の裏から光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人である
ーーー
みんなといってよいほど、
どこか狂ってきた。
この人がと思う人が
へんな言動をしたりする。
地に足のついた生活をして
いないからだ。足を地につけずに
生きている人間がふえてきた。
動物たちは皆足を地につけている。
だから彼等は狂わない。
車時代となって皆狂ってきた。
足を大地につけていない
人間の一大悲劇だ。
人間1日1度は
素足になって素直になれ。
ーーー
と、まぁこんな感じなんです。
日々デスクワークばかりで、
足を使って仕事をしていない
自分にとっては刺さります。
考えているフリをするだけで、
足を使って行動しないことがある
自分にとっては痛恨の一撃です。
そして、目に見えない世界
ばかりを追いかけていながら、
目に見える現実世界から目を背け、
どこかおかしな言動をする人が
確かに増えている気がします。
地に足がついていない人が
増えるのは結構な問題ですね。
そして、極めつけはこの詩。
ーーー
尊いのは頭でなく手でなく
足の裏である
一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々としてその努めを
果してゆく
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
ーーー
この詩にに込められた仕事観、
生き方について、僕はすぐに
「セラピスト」だなと感じました。
自ら泥臭い道を選びながら、
人知れず人にために役立つ、
そんな仕事、生き方をしよう…と。
そう自らに言い聞かせる哲学は、
まさに「セラピスト」の生き方
そのものである気がしたのです。
この坂村真民氏、40年間も
教職についていた人物です。
つまりは教育者であるわけです。
NPO法人沖ヨガ協会理事長である、
龍村修先生が、セラピストに向けて
「治療家になるな、教育者となれ」
といっていたのと通ずるものがある。
なんだか、点と点が繋がって
線になっていくような体験でした。
もし、あなたがセラピストとして
生きようと思っているのなら…
足の裏的な生き方というのは、
大切な話かもしれませんね。
特にリフレクソロジストや
足つぼマッサージをしている方は、
一石二鳥の生き方なのかも(笑)
PS
セラピストとは、
資格ではなく生き方である…
とは、おのころ心平の言葉。
こちら、オススメです。
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◎編集後記
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どれも心にグッとする詩の数々。
自然や人間本来の感覚を大切に思う
個人的には、動物が狂わない理由が
グサッときました・・・笑
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
そんな生き方が理想だと思うのは
私だけでしょうか?(≧∇≦)
ー剱悠子
PS
セラピーやカウンセリング、
ヒーリングをしている方って
教育者の部分もあるんじゃないでしょうか?
PPS
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伝えたいこと、実践したいことはある。
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