FROM 川嶋朗
ある2人の肺ガン患者さんがいました。
2人は同じ70歳男性、
ガンはステージIVまで進行していました。
まったく同じ条件です。
でも私が見たところ、
2人には決定的な違いがありました。
それは奥さんに対する態度です。
1人目の患者さんは、ご夫婦そろって来院し、
「痛みで苦しまずに最期を迎えるには
どうしたらいいでしょう。
残った人生を2人で大切に
生きていきたいんです。」
とにこやかに話す穏やかな人です。
静かに最期を迎えたいという
この患者さんに私が提案したのは、
緩和ケアで痛みや苦しみを和らげながら
経過を見ることです。
本人も同意してくれたため、
積極的な治療はしていません。
にもかかわらず、
この患者さんはまだ元気に、
ご夫婦仲よく暮らしているのです。
もう1人の患者さんは、診察中、
奥さんが口を挟もうとしたとたん
「おまえは黙っていろ」と一喝しました。
その態度が気になり、患者さんが
席をはずしているときに
「いつもああいう感じなんですか」
と奥さんに尋ねると、予想どおり
「そうなんですよ」という答え。
私は思わず言ってしまいました。
「奥さん、もしかしたら
ご主人の肺ガンの原因は
あの態度かもしれませんよ」
周囲の人がこれだけ心配して
一生懸命に病気を治そうと手伝って
くれているのに、それに対して
患者さんが感謝の気持ちを
口に出さないこと。
そればかりか奥さんに対して
横暴に振る舞うこと。
それが肺ガンの根本的原因ではないか
と説明したのです。
それを聞いた奥さんは深くうなずきました。
「ずっとあんな感じなんです。
先生から主人に言ってください。」
そこで次にその患者さんが
来院したとき、本人に話しました。
「この間奥さんが口を挟もうとしたら
『おまえは黙っていろ』と言ったでしょう。
でも奥さんはあなたに元気になって
ほしいから、口を挟もうとしたんじゃないですか。
それなのに『おまえは黙っていろ』
と言うのはひどくないですか。
あなたのエゴで言いたいことだけ
言っていればいいってもんじゃないんです。
お願いだから、ちょっと考え方を
改めてくれませんか」
そして、たとえ心になくてもいいから
奥さんやお嬢さんが何かいたわる
言葉をかけたり、気遣いをしてくれたら
「ありがとう」と言うようにしてほしい、
そうお願いしたのです。
それから10日後、
その患者さんは亡くなりました。
でも奥さんは怒ることなく、
こんな話をしてくれました。
「ありがとう」と言ってくださいと
私がお願いした日、その患者さんは
タクシーの中で
「ちくしょう。バカやろう。
そんなことができるか」
と言いながら帰ったそうです。
それでもその日以来、
患者さんの態度は少しずつ変わりました。
結局、1度も「ありがとう」と
口にすることはありませんでしたが、
奥さんは、
「亡くなったときの顔は
すごく安らかでした。
きっとわかってくれたのでしょう。」
と言うのです。
でも私は、もしかしたら1度でも
「ありがとう」と言えていたら、
また違った結末になっていたかも
しれない、そう思っています。
もちろん確かめるすべはありません。
しかし同じ70歳、ステージIVの
肺ガンで、いまだにご存命の
患者さんがいるのです。
この2つのケースの差は
どこからきているのでしょうか。
それを考えると、ひと言でも
「ありがとう」と言えたら
違う展開になっていたのではないかと
思えてなりません。
心から「ありがとう」と
思っていなくても、口にするだけで、
相手の受ける印象、気持ちは変わってきます。
「ありがとう」と言われて
イヤな気分になる人はいないはずです。
そうすれば、相手の自分への接し方も
よくなり、心が自律神経に作用して
内分泌系、免疫系にいい影響を
与えることもあるのではないか。
私はそのように考えています。
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◎編集後記
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もしかすると亡くなられた患者さんは
川嶋先生に言われたあと、実際、
感謝の言葉を口にすることはなくても、
心の中で思っていたのかもしれませんね。
それが奥さんには伝わったのではないかと。
「ありがとう」という言葉だけなく、
ささいな言葉の中に、その人の考え方や
生き方が反映されるんだろうと思っています。
言葉が自分に与える影響、
人に与える影響を考えると
今よりもっと大切に使いたくなりました。
ー 剱 悠子
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